形見の指輪を鑑定に出した
婚約指輪はいらない。
かなり前からそう思っていた。
仕事場では指輪はつけられない。
オフの日でも特につけたいとは思わない。
他人が付けているのを見て「綺麗だな」とは思うけど、自分が欲しいとはならなかった。
猫に小判、にゃんすに婚約指輪。
しかし、何もないのもどうなんだろう?
結婚式よりも先に、同居と婚姻届の提出を選んだ私たち。
結婚指輪も間に合うか分からない。
単に式にも指輪にもあんまり興味がないだけなんだけど。
昔気質の親からは「にゃんすは指輪も式も出せないような甲斐性無しを選んだのか…」と思われかねない。
非常にめんどくさいが、ないならないで親を納得させる理由を用意する必要がある。
でも要らんもんは要らん。
そこで、数年前の祖母の遺品整理の際に、立て爪の指輪を形見分けしてもらっていたことを思い出した。
デザインも古いし、宝石部分も曇っていて、価値があるのか分からない。
突然の逝去にも関わらず、生前整理や終活をしっかりしていた祖母が何も言ってなかったのを考えると、そこまで思い入れはないのだろう。
その場にいた母や叔母がすんなり私にくれたのは、そんな思惑があったからかもしれない。
でも、祖母の形見の指輪であることには違いない。
これをリフォームしてネックレスにでもすれば、「婚約指輪の代わりに、祖母の形見をリフォームしました。」という美談が成り立つ。
相場が30万と言われる婚約指輪。
リフォームならそこまではかからない。
祖母のことは好きだったので、気に入ったデザインに加工して身に付けられるのなら自腹でも構わない。
そう思って、ジュエリーリフォーム専門店にメールで問い合わせをし、とりあえず鑑定と見積もりだけをお願いして予約を取った。
そして当日。
予約した時間に、予約した店舗へ行ったはずなのに、全く話が伝わっていない。
なんかモヤモヤしながらも、その場で鑑定はしてくれるとのことなので、お願いした。
曇っていた指輪を洗浄して、大きさを測って、特殊な機械を近付けたりして。
その手順を目の前で見ていたんだけど、なんかちょっと店員さんの様子がおかしい。
妙にソワソワしているというか、焦っているというか。
一通り調べた後、店員さんは私の目を一切見ずに、「ではどれにします?」と突然カタログを開き始めた。
いや今日は鑑定と見積もりだけって言ったよね?
鑑定結果には一切ノーコメントで、いきなり商品を売りつけてくるっておかしくない?
「私は今日、この指輪がどう言ったもので、他のアクセサリーに加工可能かどうかを見てもらいに来たんです。どうだったんですか?」と尋ねてみた。
すると店員さんは渋々と言った感じで、「おそらくキュービックと思います。でもまぁ、形見のお品なら加工されても良いんじゃないですか。」とこちらを見ずに早口でまくしたてた。
ちなみにリフォーム費用は8万円、出来上がりに1ヶ月かかる。
それだけの労力をかけて出来るものが、私が今つけている数千円のものとほぼ同じ。
いくら大好きだった祖母の形見とは言え、さすがにそこまでは頑張れない。
当てが外れたことも、店員さんの態度も、自分の浅はかさにもがっかりしてすごく落ち込んでしまった。
婚約記念品自体、なくても良いものだし人と比べるものでもないのかもしれない。
でもやっぱり、知人が嬉しそうに婚約指輪をしていたり、カップルが楽しそうにジュエリーショップを眺めているのを見ていると、ちょっぴり寂しいような気がしなくもない。
でも必要と思えないものは欲しくない。
そんな悶々とした気持ちを抱えた翌日、本業のセミナーへ出かけた。
常に最新の知見をアップデートするために、なんやかんやで月1くらいは休日返上で勉強会へ参加している。
普段は裸眼だが、スクリーンまでの距離が遠く、スライドの文字が見えにくいときなどは眼鏡を使用している私。
この日も小さな文字が微妙に見えづらかったので、いそいそと眼鏡を取り出した。
その瞬間。
あ、これだ。と思った。
私が今使っている眼鏡は高校生の頃からのもの。
黒柴さんは眼鏡がないと生活できないような人である。
普段自分では買わないような、ちょっと高級な眼鏡をお互いに贈り合ったら面白いんじゃないだろうか。
その日のうちに、さっそく黒柴さんに報告してみる。
女性から男性に贈る婚約記念品の王道としては時計やスーツなんだけど、時計は今のものが気に入ってるし、スーツはずっと使えるものじゃないから嫌だと言っていた黒柴さん。
眼鏡なら毎日身につけられるし、度数が変わってもレンズを変えれば良いだけだから嬉しいと喜んでいた。
どうやらお気に入りの眼鏡ブランドもあるらしい。
私の方はまだアクセサリーに対する憧れを捨て切れたわけじゃないけど、車通勤や執筆作業、勉強会のときなど、婚約記念品が日常に溶け込む生活も楽しそうだと思っている。
周りへの体裁を整えると言うより、自分達の生活に見合った、楽しい贈り物をしよう。